名古屋高等裁判所 平成2年(う)261号 判決
1 公職選挙法138条2項(演説会開催の告知等いわゆるみなし戸別訪問の禁止)と憲法21条,15条,31条の関係について
所論が指摘するように,選挙運動において重要な位置を占める演説会が所期の効果を挙げるためには,できるだけ多くの選挙人が聴衆として参加することが必要であるから,演説会の開催を多数の選挙人に周知させることが不可欠であり,右の告知等を行うことは本来自由であるべきである。しかしながら,右演説会開催の告知等をする行為といえども,これに対する制限が全く許されないわけではない。
即ち,選挙は投票獲得に向けた競争であるという性格があり,競争であるというからには,競争を公平に行わせるためのルールが存在しなければならず,しかも,そのルールは合理的なものでなければならない。殊に,公職の選挙に関しては,これが公正かつ公平に行われることを確保しなければ民主政治の健全な発達を望めない。そこで,国会がそのルール即ち公職の選挙に関する事項を定め(憲法47条,公職選挙法),選挙運動について種々の規制を行っているのであるが,そこには種々の類型がある。買収のように,そのこと自体で選挙の公正を損なうおそれがあることが社会通念上明らかな行為は,これを禁止するのは当然のことであって合理的な規制であるといえる。ところが,選挙に関する意見を表明し伝達するなど選挙運動として本来尊重すべきものではあるが,選挙の公正を損なう弊害をも伴うことが予想されるので,一律に規制したほうが全体としての選挙の公正を確保するうえで望ましいというべき行為であると判断して規制するものについてみると,この判断をする国会の立法裁量権の幅は広いのではあるが,規制される行為が本来尊重すべきものであることにかんがみ,(1)果たして目的と手段が関連しているのか,即ち,全体としての選挙の公正を確保するという目的を弊害を伴う行為の規制という手段で達成することができるのか,また,(2)合理的な規制であるといえるのか,即ち,弊害を伴う行為だといっても,本来尊重すべき行為なのであるから,これを規制した場合,生じる利益と失われる利益とを比較し,前の利益が上回っているといえるのかどうかを検討しなければならないのである。
そして,右演説会開催の告知等をする行為であるが,これは,そのこと自体で選挙の公正を損なうおそれがあるというべき行為ではないことは明らかであり,むしろ,選挙運動として本来尊重すべき行為である。しかし,単に演説会開催の告知等をする行為は,訪問先の選挙人に対する投票獲得行為に結びついていないので,これを,同条1項に規定する戸別訪問と同等視することはできないものの,右告知等をする行為が,選挙人に対して演説会の開催を知らせるというにとどまらず,演説会への参加を呼びかけるなどして選挙人に特定の候補者を強く印象づけてその候補者の投票獲得に有利な効果を生ぜしめようとするものと認められる方法,態様で行われた場合には,その行為は,実質において訪問先の選挙人に対する投票獲得行為をする個別訪問と異なることはない。むしろ,戸別訪問という形をとらずにこれと同じ効果をおさめようとする脱法的性格をもつ行為ともみることができるのである。
そこで,戸別訪問であるが,これは,一方で候補者やその選挙運動者と選挙人が直接に接し合えるなど有効で簡便な選挙運動の方法ではあるが,他方,買収,利害誘導等の温床になり易く,選挙人の生活の平穏を害するほか,これが放任されれば,候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなったり,投票も情実に支配され易くなるなどの弊害が生じ(最二小判昭56.6.15刑集35巻4号205頁),選挙の公正が実現できなくなるおそれがある行為であることは常識上十分に推認することができるのである。そこで,右のような弊害を伴う戸別訪問を禁止するという手段を採用すれば,全体としての選挙の公正を確保するという目的を達成することができるのは明らかであるから,手段と目的とに関連性がある。そして,戸別訪問を禁止することは,憲法21条等によって保障された意見表明の自由等それ自体を制約しようとするものではなく,右のような弊害を伴う戸別訪問という意見表明の方法,機会を制限するにとどまるのである。そうすると,選挙に関する意見表明が個々面接や電話による依頼等他の方法により許されており,戸別訪問によるのと同様の意見を表明することが可能であることを考慮に入れた上で検討すると,戸別訪問の禁止により得られる全体としての選挙の公正が確保されるという利益とこれにより失われる意見表明の機会の利益とを比較考慮し,前の利益が上回るという判断は,右の諸弊害が実際には発生の可能性が低く抽象的な危険にとどまるものであるとしても,前述の国会に認められた選挙に関する立法裁量権のもとでは,これが十分に合理的で在るということができるのである。したがって,戸別訪問を禁止することは憲法21条等に違反するとはいえない。
そうすると,前記のような,その実質において戸別訪問と異なるとはいえない方法,態様によってなされる演説会開催の告知等をする行為を禁止することについても,演説会の開催等を告知する方法が,右のような実質上戸別訪問と同一視されるような方法以外の方法によりなし得ることを考慮に入れた上で検討すると,戸別訪問の禁止と同様,その目的と手段とに関連性があり,十分に合理的な規制であるということができ,右のような方法等によってなされる告知等をする行為の禁止が憲法21条等に違反するとはいえない。
所論は,公職選挙法138条2項が,演説会開催の告知等の行為を全面的に禁止していることは法文上明らかであるのに,右行為を前記のような実質上戸別訪問と同一視されるような方法,態様でなすものに限定して解釈するのは罪刑法定主義に反するという。しかし,右条項が,同条1項にいう戸別訪問の禁止行為とみなすと限定されていることから,戸別訪問の禁止規定の趣旨を考察することによって,その趣旨に沿った限定解釈をすることは罪刑法定主義に反しない。
また,所論は,右演説会の開催を告知する行為は,これへの参加を求めることと不可分一体であるのに,単なる演説会の告知と演説会への参加を求めるなどして投票獲得に有利な効果を生ぜしめようとするものとを区別するのは演説会案内の本来的目的を無視した不合理なものであるという。しかし,単に演説会の案内をすることと,その際,これにとどまらず,案内に名をかりて候補者名を告げるなどして強く印象づけ,有利な効果を生ぜしめようとすることとは別のものとして区別することは容易である(本件においては,ビラの記載中に,抜群の実績,清潔・愛情の人との文言があることからも単なる案内ではないことが明らかである。)。
更に,所論は,演説会の開催等に関する有効,適切な告知の方法は他にはないという。しかし,前述のように,選挙の公正を確保するために,公職選挙法138条2項に該当するような方法による演説会の開催等を告知するのが制限されているにとどまるのであって,前述のように,単なる演説会開催の告知及び個々面接や電話等の他の有効,適切な告知方法が許されているのである。
したがって,所論はいずれも採用できない。
2 公職選挙法142条1項(法定外文書等の頒布等の禁止)と憲法21条,15条,31条の関係について
所論が指摘するように,文書等を頒布等することによる選挙運動は,選挙に関する意見等を表示し伝達する有効,適切な方法であることは明らかである。しかし,この方法についても規制が全く許されないわけではない。即ち,公職選挙法138条2項について述べたのと同様,選挙には国会によって定められた合理的な公平なルールが存在しなければならず,そのルールによって定められた規制により達成しようとする目的と手段との間に関連性があり,規制により実現しようとする全体としての選挙の公正という利益が,規制により失われる憲法21条等により保障される利益を上回るという判断が十分に合理的であると認められるときには,右憲法各条に違反するとはいえないのである。公職選挙法142条1項は,選挙運動のためにする文書等を頒布等を一定枚数の範囲内に限定しているが,これは,文書等の頒布等による選挙運動が有効であるだけに,規制がなければ,激しい文書頒布等の競争を招いて候補者に多額の費用の支出等を強いることになり,ひいては,候補者あるいは候補者を支持する団体や個人を含めた経済力の格差が選挙結果を左右することになって,選挙の公正に支障を生ずるおそれがあるためである。したがって,右文書等の頒布等の制限により達成しようという目的と手段との間には関連性がある。
そして,右文書等の頒布等の制限により,その方法による意見表明等の機会が失われても,選挙運動には他の各種の手段方法が許されていることを考慮に入れた上で検討すると,文書等の頒布等の制限により実現しようとする全体としての選挙の公正という利益が,制限により失われる憲法21条等により保障された意見を表示し伝達するという利益を上回るという判断は,前述の国会に認められた選挙に関する立法裁量権のもとでは,これが十分に合理的であると認められるので,公職選挙法142条1項は,憲法の右各条に違反するとはいえない。
所論は,文書等の頒布等がもたらす費用の多額化は,法定選挙費用の制度によって抑止すべき事柄であるから,費用が多額化することを理由にして右条項を根拠づけることは合理的ではないという。しかし,もともと選挙費用を正確に把握するのは困難であるということに加え,選挙費用の多額化を防止しようとする場合に,一方では多額の費用が必要であることが予測される特定の行為を規制し,他方では費用の全体を規制するということも十分に合理的なものであると認めることができるのである。なお,仮に適法に頒布等される文書等の枚数に制限を付しないということにすると,何枚の文書を頒布等し,これにどの程度の費用を支出したのかの判定については,専ら候補者らの申告によらざるを得ないことになり,結局,法定選挙費用の制度が成り立たないことにもなるといわざるをえない。
所論は採用できない。